これは畝葉逗柳 出題篇に対する解答篇となります。
読む場合は出題篇よりお読みください。
「鏡の間は棺桶だったのではないだろうか」
時は六時手前、治は取り調べ後、早々に俺のことを呼んだ。
「鏡は魂の行き場を封じる為の障壁であり、あの長い螺旋階段は冥界へと続く穴だったのではないだろうか。もっと言うと畝葉逗柳は今は物置となっているあの部屋が寝室だと言っていたが、それは誤りで本当は鏡の間で寝ていたのでは」
「ほう、それはなかなか面白い考えだね」
艦の配置をする手が一旦、止まる。
「古墳ってあるだろ。あれっていうのは棺の周りを埴輪で囲ってあの世とこの世との境界線を作っているんだ。埴輪で囲われている中が冥界そのもの、あるいは冥界と繋がっていて、亡者が間違って生ける者の世界へ舞い戻って来ないように隔離してるんだ。お前の考えだと形式は古墳に酷似しているね。でもさ」
治は一呼吸置いて、再び艦の配置に戻る。
「お前、そんなことをしゃべりに来たのか」
断じて違う。しかし、俺がいくら考えたところで正解にたどり着けなかったのだ。そして、逃げた思考の果てが畝葉逗柳の棺桶なのだ。
「まあ、犯人が捕まるのは時間の問題だよ」
その俺を前にして治は事も無げに言い放つ。
「灰田は自殺じゃないのか?」
「何言ってんだ。自殺だなんて思ってもいない癖に」
確かに本当に自殺を信じているのであれば今、ここで治と会ってはいなかっただろう。
「誰なんだ」
「いいのか、言っても。お前の友人がお前の友人を殺したってことだぞ」
「別にいいよ」
不思議なことにそもそも灰田が死んだことに対してそれほどの感慨を持っていなかった。悲しいわけではないし、もう会えないのかとも思ったが、例え生きていたとしてももう会わなくたって別に構わないだろうと思うと、そのことはなんでもないのだ。
現に今だって、人一人が死んでいるというのに、いつものようにゲームを始めている。これではまるで灰田の死を肴に酒を飲むようなものだ。
「お前は淡白なんだよ。知らないかもしれないけど俺よりもずっと」
そうなんだろうか。
「まあ、別にそんなことはいいか。お前は淡白であるからいいとして、俺はお前以上に一回会ったきりのもっと関係のない立ち位置なんだ。
今から言う説は警察にはすでに話した。警察がそれを信じてくれれば、今頃、証拠を詰めているはずさ。これは計画殺人であって、犯人は重大な証拠を残してしまっているんだ。
順を追って説明しよう。
まずいつ灰田くんは殺されたかだ。これは七時四五分から八時手前までの間、つまり、最後に生きている灰田くんが目撃されてから俺達が畝葉邸を出るまでの間だ。死因は包丁で心臓を一突きだっていうし殺すまでそう時間はかからなかっただろうからな」
「そうなのか。俺はてっきり、一度帰ってからかと」
状況を素直に飲み込めばそうなるに決まっている。俺が警察と話した時も他殺ならこれが有力だったというはずだ。
「別にその説でも構わないし、可能性は十分にあると思う。ただ、今わかる情報からだと深夜に殺したのであれば誰が殺したのか俺はわからないし、警察もわからない。俺の推理が間違ってて、他殺の線で警察がちゃんと捜査をする気がなければそれでお手上げだね」
「だとすると殺した後、わざわざ電気を点けに戻ったってことか」
治は呆れた顔でこちらを見る。
「どうしてそういう風に考えてしまうんだ。それだったら深夜に殺すのと同じことだろう。つまり、情報も足りないってことだ。その線が正解なら俺には犯人はわからないってば」
「じゃあ、どうやって電気を、待て、他殺だとしたらどうして電気を点けっぱなしにしたんだ。消しとけばこんな時間特定なんてされないじゃないか」
「そういうことだよ。犯人はわざと電気を点けたんだ。そして、俺達が畝葉邸を出た時、すでに電気は点いていたんだ。お前は騙されたんだよ、一平」
騙された。誰に。犯人か。
「俺は何を騙されたんだ」
だが、犯人を聞くのは取って置く。まだ聞きたくない。
「鏡の間の位置さ」
一階、道路側の部屋、鏡の間。
「鏡の間は実際には道路の裏側にあったんだ。あの家の構造は複雑だからね、鏡の間に行くためには三階から長い螺旋階段を降りないといけない。降りている間、方向を意識していたかい?俺はわからなかったね。しかも、部屋に入ってもマジックミラーで外の風景を見ることはできないと来ている。犯人もそれに気づいて鏡の間の電気を利用することを思いついたんだろう。
勿論、自殺に見せかけるなら電気を点けておいた方がいいってのもあったとは思うけどね。
犯人の意図としては警察の判断が最善で自殺、次点で深夜の他殺、と二重で張ってあったんだ。だからきっとちゃんと捜査すれば犯人の帰宅後のアリバイはバッチリあるだろう」
俺は何故、鏡の間は道路側にあると思ったんだろう。あれはたしか、
「じゃあ、wiki田が騙したのか」
「いや、浮田さんは利用された側だろう。誰でも見ることのできるwikipediaを読み上げているんだ。誰かが、興味を持って彼女と同じページを見たらそれで嘘は露見してしまう」
俺は慌ててポケットからスマホを取り出し、「畝葉逗柳 wiki」で検索をかける。ヒットしたページを開くと、確かに浮田の説明通り「別宅には道路側から見える鏡の間(ミラーハウス)を作っている。」と記述されている。
「それに浮田さんは畝葉邸の構造を知らなかった可能性が高い。薄弱な根拠になるが、鏡の間に行くとき、彼女はスカートをはいていただろ?灰田くんがサービスでジャージを貸してくれたからいいものの、彼が助平心を出してパンツを見てやろうという展開になってもおかしくなかったじゃないか。簡単に回避できるリスクを背負う必要はない。わざとスカートをはいてきて知らないふりをした、という線は捨てていいと思う。
ここで、浮田さんをシロとすると八時四五分の灰田くん目撃証言は正しいことになる。だから、それ以前にすでにリビングで俺と一緒にいた、小鹿くんと、ついでに俺とお前もシロとなるね。そうなると残るは一人しかいない」
ここまで説明されればもう俺だってわかる。
「そう、柿崎さんが犯人さ」
治がチラリと俺の顔を伺う気配がした。
「この犯行は畝葉邸の部屋の前後がわからなくなるような複雑な構造と浮田さんのすぐにwikipediaを確認する癖を元に立案された犯行さ。
恐らく、柿崎さんは畝葉邸には行ったことがあったんだろう。構造を知っていないと立案できない計画だし、証拠とまではいかないけど、彼女はスカートをはいてこなかったしね。さらに言えば、灰田くんと二人で来たのだろう。そうでなければ、不自然なくらい会話には出てこなかった。動機についてはわからないけど、これは考えたところで仕方がない。
ついでに言うと小鹿くん、彼は畝葉邸に行ったこともあるし、鏡の間にも行ったことあるけど一階にある以上の情報しか知らないし、興味もなかったんじゃないかな。行きの車で、俺達が勘違いさせられているとき指摘もしなかったからね。しかし、運に頼るにはリスキーだからきっと犯人は彼の口から「どっちがどっちだかさっぱりわからなかった」とかなんとか聞いてたんじゃないかな、これはあくまで想像だけど」
「じゃあ、なんだ。wikiが間違ってたからカッキーはwiki田を利用しようと、」
またも、治は心底呆れた表情を見せる。
「お前は馬鹿か。wikipediaってのは誰でも編集できるのが売りなんだぜ」
そうか、間違ってなくてもいいのか。自分で書き換えてしまえば。
「柿崎さんは、犯行当日までにwikipediaを編集した。警察とも確認したけど事件の四日前に編集の履歴があった。『別宅には道路側から見える鏡の間(ミラーハウス)を作っている。』の『道路側から見える』がその時、追記されていた。編集履歴のIDを調べれば柿崎さんの特定もできるだろうね。これが彼女の残してしまった決定的な証拠になる。
そして、当日、お邪魔者のルール説明をしている間に包丁は調達したんだろう。
帰り際のごたごたに紛れて、「帰る前にもう一度、鏡の間が見たい」とでも灰田くんに言って鏡の間に連れ込んで電気を点けた状態で殺害。鏡のおかげでどこにいても灰田くんの様子を見ることはできるから隙を突くのは簡単だっただろう。そして、トイレから戻ってきたような顔で戻ってくる。トイレに行くにも下に行くにも同じところを通る構造まで視野に入れていたのかな。最後に我々に合流し、急かして畝葉邸を去ったというわけさ。
お前も論文を書くときに言われたろ、wikipediaはソースとして信用しちゃいけないって。
さあ、始めようか。お前が先攻でいいよ」
俺はしばらく黙っていた。そして、そっと宣言する。
「J10」
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