最近、世間では某感染症の影響で不要不急の外出を自粛するように言われている。
しかしながら、私は生来出不精なもので正直な話そう大して辛い思いをしているわけではないのだが、世間には外に出ないと発狂して死んでしまうようなセンシティブな人類もまだまだ生き延びているようで、この自粛に耐えることを生き地獄のように感じているらしい。
とはいえ、私も外出が嫌いというわけではない。
近場への外出は面倒だと思う引きこもり気質の私だが、これが遠方まで足を伸ばすとなると話が変わってくる。
そう、旅行は好きなのだ。
特に目的のない一人旅が好きだ。
ということで今回は、今、不要不急の外出を自粛されている方々の代わりに私が過去に外出した時のことを書かせて頂こうと思う。
いつもこのへんまで書いた時点で「本当にこれ書いたところで読む人がいるのか?」という疑問を抱き虚しくなりながらキーボードとキャットファイトを繰り広げているのだが、今回はなんとファンの方の強い要望により書いているので安心だ。私にファンの方が存在するんですってよ奥さん!まったく気が触れてるね!
その日、ボクは記憶によれば朝6時くらいに目を覚ましたはずである。
なぜ曖昧なのかというとボクはその時、時計を持っていなかった。ついでにいうと携帯電話の類も何もかも持っていなかった。
しかし、人間の身体というのは不思議なもので太陽が昇ったら勝手に目が覚めるようにできているのである。
今、「自分は夜型だし、そんなことねえし」と思ったそこの貴方!人間の身体を舐めてはいけない!
ボクだって基本的には夜型だし、当時だって今だって興がのれば朝まで趣味に没頭するタイプの人間だ。
しかし、人間は太陽が昇れば人間は起きてしまうのである、太陽を遮るものが何もなければ。
公園のベンチとは存外、寝心地が良いものである。
ボクは太陽が沈んだので寝袋でリュックを抱きしめながら寝、太陽が昇ったので寝袋から顔を出し、のそのそと起き上がったわけだ。
このベンチというのがポイントが高い。
寝やすい公園というのは大きく言って3つのポイントがある。
それは「水道・ベンチ・屋根」である。この3つの条件を満たす公園を見つけることができたら大当たりである。
ちなみに、この「屋根」を怠ったせいで後にひどい目に遭うこととなるのだが、話から逸れてしまうのでこれは別の機会へと取っておくこととする。
そして、朝起きたら、とりあえず寝袋を畳んで、リュックから取り出した食パンと水道水を朝食にぼんやりと公園を見渡すのだ。
さて、皆さんは朝のラジオ体操というものに参加したことがあるだろうか?
私はない。
しかし、意外にも全国の公園では朝、体操が行われていることが多い。
今、ボクの目の前でも体操が行われていた。
季節は6月、ド平日ともなれば、そこに子どもが参加している道理はない。
当然、いるのはおっさんとおばさんばかりである。
つまり、今この公園にはおっさんとおばさんとその風景をおかずに食パンを食べるボクが存在することになる。
初夏の朝6時過ぎのよくある風景だ。
やがて、体操が終わるとボクの腰かけているベンチの隣に、おっさんが1人座った。
まぁ、わかっていると思うが、このおっさんとボクは決して知り合いではない。
「君はどこから来たんだ」
おっさんはそう、ボクに話しかけた。
そう!
朝、話しかけてくるのは必ずおっさんだ。
割と高い確率で知らないおっさんが朝起きると話しかけてくる。
夜寝ようとしてると話しかけてくるパターンのおっさんはもうちょっと若いタイプのおっさんの傾向が強い。
じゃあ、おばさんは話しかけてこないのか?と聞かれたらそういうわけでもない。
おばさんは昼間の道端とかで話しかけてくる。ついでにお茶とかくれる。
そうやっておっさんおばさん業界というのは住み分けができているのだろう。ボクを争って。
話を戻そう。
ボクはおっさんにどこから来たかを答えたと思う。
おっさんはベンチの背後にある原付に目をやり、頷いた。
「ここ静岡ってのはなぁ」
おっさんはボクが別のところから来た異邦人であることを理解すると地元について話してくれた。いいおっさんだ。
きっと暇だったのだと思う。
ボクもまぁ暇だったから付き合った。
いや、暇じゃねえんだけど、その瞬間、おっさんの暇話に付き合うのはボクにとって必要至急だったのである。不要不急の反対語って必要至急であってる?
実は、おっさんが何を話したかなんて全然覚えていない。
静岡がどういうところだとか、そういうことを話してくれたはずである。
しかし、その中でもはっきりと覚えている話が少しだけある。
「静岡ってのはな、とにかく物価が高い」
おっさんはそう教えてくれた。
聞くところによると静岡という土地は周りが海と山に囲まれている為、運送の便が悪く、物価が高いのだそうだ。
「魚とか海の幸だけは安くて美味いんだが、それ以外は何もかもが高い」
たしかに昨日食べたしらすの天ぷらは絶品だった。
「ドンキも高い」
は?
「静岡ではドンキも高い」
突然、衝撃的な話が舞い込んできた。
ドンキ、すなわち、ドン・キホーテとはあの「激安の殿堂」を謳う総合ディスカウントストアである。
「激安の殿堂」だよ???
※調べたら現在は「驚安の殿堂」をキャッチコピーとしているそうです。
その激安の殿堂であるドン・キホーテですら高いって言ったらそれはもう大層、大変なことですよ。
「え?ドンキも高いんですか?」
ほら、ボクも思わず聞き返しちゃったもん。
そりゃそうなるよ。
「ああ、高い。ドンキに行っても全然安くない」
そんなわけないでしょう?
大体、ドンキに売ってるものって日用品とか雑貨がメインだから物価に左右されるようなもんじゃないでしょう。
でもね、高いらしいんですよ。
まぁ、地元のおっさんがそう言ってんだから間違いないね。
静岡のドンキは高い。
それは自然の摂理であり、宇宙の法則である。だっておっさんが言ってんだから。
だから静岡のドンキは高い。間違いない。いいね。
おそらく、おっさんは静岡にずっと住んでいて他の土地のドンキの価格なんて知らないのだと思う。
ボクだって旅先でわざわざドンキに行ったりはしない。それこそ本当に不要不急の外出だ。だから、どこどこの市のドンキが高いだの安いだの比較なんて出来っこないのである。
そう考えると私達は普段、どれほど不要不急の外出をしているのだろうか?
いや、いつだって不要でも不急でもない。いつだって私達は必死で生きているのだ。
この記事のタイトルを「人生における不要不急の外出」とさせていただいたが、本当は静岡でおっさんと喋ったことが不要不急だったなんて私は思っていない。
この時の私は間違いなく必死で切羽詰まっていたのだ。
今は、逃げ出すことがリスクであって部屋に籠っていることが強要されている世情である。
そのことはしっかり、理解した上で必要最低限の外出だけを心掛けていただきたい。
ただ、スーパーに行くときは、少しだけ注意してほしい。
なぜなら、静岡のドンキは高いから。
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