フェアプレイ精神に則るということ

 もうそろそろ時効だろうから話をしようと思う。

 

 皆さんは普段フェアプレイ精神を意識して生きているでしょうか?

 スポーツ然り、ゲーム然り、対人関係然りエトセトラエトセトラ……大概のことはフェアプレイ精神を以て臨めば丸く収まる。まぁ、そうはならないからルールなんてものが存在しているんだが。

 まぁ、私も他人に対してフェアであろうと試みているのだが、どこまでできているかは定かではない。もっと真摯に人生を生きていきたいと思っている。

 

 さて、これはとある正月に実家に帰った時のことだ。

 私みたいな妙齢の人間が実家に帰ると、なんというか「圧」がかかる。

 わかりますよね?実家に帰るとかかる圧。もういい加減諦めて欲しいもんだが、残念ながら未だに妙な期待が残っているらしい。

 いいじゃん、兄が無事結婚して子どももいるんだから、さっさと諦めてくれよ!と思うわけだ。

 だが、今回はあらぬところから圧がかかってきた。

 義姉からだった。

「ねぇ、なびるなくんは彼女とかいないですか?」

 うるせぇ、諦めてくれ。

「え、ああ、はい、いないですね」

「じゃあ、ちょっと紹介したい人がいるんだけど」

 なるほどね、そう言うヤツね、いたずらに私の心を傷つける為じゃなくて、親切心のヤツね。

 でも、私は人見知りなので、ちょっとそういう全然知らない人と会うのは無理かなー、無理だなー。

 

 と、いうわけでなんやかんやあって、知らん女と会うことになった。

 噂によると、義姉の友人の妹らしい。あとマンガが好きらしい。

 世の中そういうこともあるし、一応、親族からの流れなので無碍にもできない。これは中々厳しい戦いが始まりそうだ。

「どうも、初めまして。Mです」

「どうも、初めまして。なびるなです」

 実際に、「なびるなです」って言ってるわけじゃないよ!わかってると思うけど。

 しかし、これが問題なのだ。初めから「なびるなです」ということができれば、自己紹介がとても楽だ。まぁ、特に私みたいに普段から突飛な、失礼、慎み深い行動ばかりをとっている人間であれば、初めに何を言っていいかのボーダーラインがそれなりに分かっていて、話しやすい。

 それが、まったくプレーンな立場で対面してしまうと「一般人と戦う場合、一体どこまで喋っても許されるものなのだろうか」という疑問が生じてしまう。

 そういう探り合いも楽しいと思う方も世の中にはいるのかもしれませんが、私は残念ながら陰の者なので、とてつもなく面倒に感じる。大概の場合は、「まぁ、こいつとはもう会うことないだろうから適当にあしらってもええやろ」という精神で適当に喋るのだが、今回は制約が多い。下手を打つと今後の自分の人生に響く可能性がある。ファッキン。

 しかたがないので少しずつ少しずつジャブを入れていこう、などと考えながら食事の席に着いた。

「さて、Mさんのご趣味は?マンガやアニメが好きとチラッとお聞きしたんですが」

 ちなみに、ここで会話を広げようとすると痛い目を見る。だって私のマンガの守備範囲は狭いから。

「そうですね、結構読みますね。進撃の巨人とかヒロアカとかが好きです」

「へぇ、そうなんですか」

 しまったわからない。これはよろしくない。まぁ、ボクはオタクじゃないから仕方がないね!

「結構、少年漫画が好きであとはハイキューとか」

「ハイキューね、ハイキューならばっちりですよ。ボクは四谷先輩の怪談の頃から古舘先生に注目をしておりまして、あ」

「四谷……先輩……?」

 しまったか、間違えたか!四谷先輩の怪談は確かに話の展開が遅くて、打ち切り間近になってやっと面白くなってきたが。

「なびるなさんは何がご趣味なんですか?」

「そうですね、ボクの趣味はですね」

 ここで、また一瞬固まる。本当にいつもこの質問にはどう答えるのかが正解なのかわからない。

 前提として基本的に、私は自分という人間の情報を出すのが好きではない。人生を嘘に嘘重ね生きている身としては、この世に存在する会話のすべてを身のない虚言だけで成立させたいし、その結果、何も知られたくない。

「……そうですね。……読書ですかね」

 ここでね、無難な振りをして読書って言うんですけどね、いやぁそんじょそこらの無難回答の読書と一緒にしてもらいたくないんですけどね、とか前は思ってたんですけど、これも近年は紙一重の回答になっちまったんですよね……。

 ただのミステリオタクでやめておけばよかったのになぁ……。

「読書ですか。私、活字読むの苦手で」

 流れる沈黙。

 いやぁ、会話って難しいなぁ……。

 

 そんな感じで探り探りジャブを打ったりシャブを打ったり、旅が好きって話でちょっとカスりかけたり、なんかちょっと楽しみ方が違うなと思ったりしながら無難に話したりしてたわけですが、ここで言われたのです。

「実はお話聞いておりまして、何か自分で作ってらっしゃるとか」

「はて、なんのことでしょう。とんと心当たりがないのですが」

「なんか自分でマンガを描いてる?で持ち込んでるみたいな話をお聞きしてまして」

「知らんが!?」

 なんだその情報?めっちゃ間違ってんじゃん。一体いつボクがマンガ描いたんだよ、描けねぇよ。

 ここでお分かりかと思いますが、義姉は正真正銘の一般人。兄は……まぁ今は普通の人かなぁ?ってなところで、兄からなびるながコミケとか出てるらしいというフワッとした情報から→本を作ってる→マンガを描いてる→持ち込んでいる、という自然なピタゴラスイッチってたんでしょうね、恐らく。

 その結果、変な情報が巡ったので私も弁明をせざるをえないわけですよ。もしかして、これ作戦だったか?嵌められたのか?

「マンガは書いてません。まぁ確かに同人誌は作ってますけど、内容は小説とか……ミステリなんですけど……」

 そもそも、趣味でミステリを書いてるやつって一体何なんだよ、とか思ったけど、ここは冷静に弁明をしつつ、というか、ここまでの会話、オブラートで包む必要なかったじゃねえか。初めからバレバレじゃねえか。ここまでの苦労はなんだったんだよ、ちくしょう。

 まぁ、ボクもね、そこまで知られてるんなら隠すこともなくなり、途端に舌の回転が良くなるわけでございます。はぁ、めんどくせぇなぁ。

 というわけで最近のコミケ事情などなんだのを喋り始めたわけなのですが、ここでね、思うわけですよ。

 

 これはフェアじゃねえな、と。

 

 ボクの情報は赤裸々に筒抜けてんのに、相手の情報知らねぇってのはそらフェアじゃねえだろ、と。

 そう思ったボクは、かねてより思っていた疑問をぶつけることにした。

「そこまで知られてるんじゃ、フェアじゃないのでボクからもお聞きしたいことがあるのですがよろしいですか?」

 

 ここで、ボクがどのような疑問、いや、確信でありその確認作業をしようとしていたか、察しの良い読者の皆様ならお分かりだろう。

 そうなのだ。これは今日会話した、というより事前情報の時点でボクには半ば察しがついていた。

 偶然にも前日にその手の有識者の方とお話しする機会があり、「こうこうこういう人と明日会うんだけど、ボクの感覚としては八割方そうだと思うんだけどどう思う?」と聞いたところ、「私の経験では九割九分そう」という心強い言葉もいただいていた。

 しかし、流石に、初対面の方にお聞きするのは憚られる内容で、今日は胸の内にしまっておこうと思ったのだが、相手がカードを切ってきたのだから仕方がない。

 これではお互いの手札条件がフェアじゃない。

 お互いの関係をフラットにすべく、フェアプレイ精神に則り、質問することが世の混沌を正す唯一無二の冴えたやり方だった。

「はい、なんでしょうか」

 

「あの、腐ってらっしゃいますよね?」

 

 その時、見せた苦笑いをボクは忘れない。実はこの記事を書き始めてからここまで、ずっと相手の名前が思い出せなくて今も思い出していないだが、その時、相手の反応は覚えている。

「え、なんでわかったんですか」

 相手はそんなことを宣う。わかるよ、それくらい。

「いや、普通にわかるでしょ。やっぱりそうですよねぇ」

 これで、フェアになった。ちなみに、ブログ上での誇張表現に思われるかもしれないが、実際に「腐ってらっしゃいますよね?」と一文字たりとも違わず質問した。恐らく、今後の人生でもこんな直接的な質問をすることはないだろう。

 均衡を崩す代償というげに恐ろしいものなのだ。

「そんなわかりますか」

「そりゃわかるでしょ。残念ながらボクの周りにはそう言うヤツが多くてね」

 そこからしどろもどろに会話を続けつつ、彼女はお花摘みに席を立った。

 ボクも内心不味ったか?とは思いつつも面白い展開になってきたからいいや、もうどうにでもなれ、という気分になっていた。大体、先手を打ったのは相手だ。喧嘩はいつだって先に手を出したヤツが悪い。

「いやぁ、すごい顔が熱くなっちゃって」

 と彼女は戻るなり、そう言った。

「私、今までの人生で弾性に腐ってるってバレたの初めてで。友人にもバレてなくって」

 んなわけないだろ。

「いや、バレてて気を遣って言ってないだけですよ。絶対にバレてる」

「そうなんですか」

「ボクにバレるくらいだから間違いなくそうです」

 辛いかもしれないが、それが現実なのだ。自分は隠しているつもりでもそんなもんわかる人が見れば一瞬でバレる。

 世の腐ってるお姉さま方は気を付けた方がいい。

 自分が思ってる以上に、バレてるぞ。気を付けろよ。

 そこからは会話の主導権を完全に取り戻したボクは相手のフィールドに寄り添い延々と殺無生のかっこよさを喋っていたような気がする。

 殺無生いいよね殺無生。

 

 彼女とはその後、二、三回お会いしてそれ以後、もう連絡は取っていない。

 それはボクが地雷を踏み抜いたことが原因なのか、それとも別の理由があるのかもわからないが、相手の真実を射抜くときは慎重に行った方が良いのは確かであろう。

 というか、初めから何故かボクから連絡しないと相手から反応がなかったというのが、気に掛かっていてボクは本来、何事に関しても自分から誘ったりするタイプじゃなく、人間関係に置いて相手から連絡を取らせることによって常に相手より優位な立場にありたいと考えているクズなので、まぁ、もし相手が興味があるなら勝手に連絡してくるだろ、と放置したのが完全に原因だと思う。

 お互いに自分から積極的にいくほどの興味を持たなかったというだけの話で。

 自分からばっかり連絡させられるのはフェアじゃない。

 

 

 

おまけ

 この話が某芋虫にバレたときに、我々の硬い友情に亀裂が入りかけましたが、今ではすっかり修復されています。誤解が解けてなにより!

 

 

 

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