スペイン風車の謎(仮)-冒頭

 この文章は、本発表時に一部変更される可能性があります。

 風の弱い、ある晴れた日の朝のことだった。
 それは非常に奇怪な様相で衆人の前に姿を現した。
 第一発見者となったのは、その街へやってきた一観光客と、それに付き添う観光ガイド。
 彼らは、人でいっぱいになるよりもずっと早い時間に、その地へと訪れ、閑散とした観光資源を堪能しようとしていたのだった。
 見つけた時、観光客は初めそれをオブジェか何かだと思ったという。
 不審にも思わず、「あれは何ですか?」と無邪気にガイドに尋ねるが、当のガイドもそんなものは知らなかった。
 遠目には何か赤い物がぶら下がっているように見える。
 「ははぁーん、何か新しい観光対策でも始めたのか。今は朝早い時刻だとはいえ、我々以外に人が見えないというのは由々しき事態かもしれない。そういえば、年々、来る人も減っているようだし、この街の人々もやっとことの重大さに気付いたのだろう。どれ、何を始めたのか、確認してやろうじゃないか」などといった心持ちで、それに近付いたのだと証言している。
 先陣を切ってガイドが進めば、好奇心を押さえきれない観光客も我先にと歩み寄る。
 そういった次第で、オブジェの吊るされた風車の正面に辿り着くと、やっと様子がおかしいことに気が付いた。
 そう、そのオブジェは風車の羽に吊るされていたのだ。
 風車の羽の先に、赤く情熱的なドレスを纏った人形が、ゆらゆらと揺れていた。まるで踊っているかのように。
 風が弱かったので、風車の羽も焦らすように焦らすようにゆっくりと回っていたのも彼らが見間違えた原因だろう。
 それはゆっくりと彼らの立つ大地へと近付いてくる。
 人形などではない。
 吊るされていたのは、紛れもなく生身の人間、女性の姿だった。
 それは首をロープで括られ、羽先から垂れている。
 遠目には美しく見えた赤いドレスもよく見れば、裾は擦り切れズタズタになっていた。
 羽が垂直に近づくにつれ、それは地面へと接し、ずるずると下半身が擦りつけられる。
 砂埃が舞う。
 何故、こんな醜悪なものをオブジェなどと見間違えたのだろうか。
 二人は余りにも現実離れした光景に呆然とする。
 彼らが動けずに座り込んでいる間にも風車は遅々として廻る。
 やがて、頂点へと達した時、それは一瞬止まったように見えたという。
 その瞬間、金縛りが解けた。
 彼らは駆け出した。
 一番遠くにそれがある内に逃げ出したかったのだ。
 再び近付いてくる恐怖に耐えられなかったのだ。
 ガイドは走りながら一一二番をダイヤルした。
 そして、早口でこの荒唐無稽な状況を説明しながら、僅かに振り返る。
 その時、一つだけ分かったことがあった。
 青空に真っ赤ドレスは映えるのだと。

 ※スペインでは警察の電話番号が一一二番。

1.それに至る滑稽な次第

 私がこのニュースを知ることになったのは、昼時のテレビニュースからである。
 私の家では、誰が見ていようと見ていまいと、家にいようといまいと、リビングの液晶テレビではニュースチャンネルが常に点きっぱなしになっており、一日の大半を一人書斎で過ごす私に、僅かながらの騒々しさを提供していた。電気代などを惜しむ身分でもあるまい。
 一人暮らし故に、私が口を噤めばこの家には完全な沈黙が訪れる。
 それを恐怖と呼ぶのでもなく、寂寥と呼ぶのでもなく、人の営みを感じられることで搾取する対象の存在を知覚できるのだ。
 自分の世界にのめり込み過ぎるのは危険だ。そうやって失敗した私を私は幾度となく見てきた。
 栄養補給の為の電子レンジのノイズの混じる、耳からすり抜けて消えていく数多のニュースの中で、これだけが私の耳に止まったのは決して偶然だけという訳ではない。

―ラ・マンチャの風車で首吊り死体が発見されました。

 そこに心当たりがあったのだ。

―被害者の名前は、アリアドナ・レイ。

 やはり。
 危惧は的中した。事は早急に進めなくてはならない。
 私は温めている最中の食事を捨て置き、荷物をまとめるとすぐに家を出た。

 自宅から事件現場、ラ・マンチャ地方カンポ・デ・クリプターナまでは車でおよそ二時間程度。
 私は愛車のニッサンを振り回して向かった。
 ただ、向かう先は現場ではなく、最寄りの警察局だった。
 青と白で囲われた街へ辿り着くよりも、優先すべき事項が存在する。
 重々しい扉を通り抜けると、一番近いカウンターにカウンターに肘を乗せ、笑みを浮かべながら話し出す。
「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど、いいかしら?」
 警察などにはできる限り接触したくないものだが、顔の良さは推薦状だから、そのような素振りは見せず、努めて愛想よく接する。
「あら、いかがなさいました?」
 受付の女性警官はせっせと紙束を捲り、顔を上げようともしない。
「今日、発見されたというアリアドナ・レイの遺体に会いたいのだけれども、どこへ言えばよいかしら?」
 センセーショナルな話題に、彼女は手を止め、初めて顔を上げる。そして、まじまじと私の顔を見ると、数秒後、急にピントが合ったような表情をした。
「もしかして、被害者の親族の方?」
「あら、わかる?」
「ええ、よく似てらっしゃるので」
 どうやら、彼女はアリアドナの顔を知っているようだ。

 続きは「スペイン風車の謎(仮)」にて。

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