※本作は時系列的に畝葉逗留の後の話となります。
推理に支障はありませんが、前作を読んだ後に読むことをオススメ致します。
「はぁ……」
角席でビールをすすりながら思わずため息をつく。
やはり来るべきではなかった。
そう後悔してはいるものの、過去に遡ることが出来たとしても俺はここに来ることを選んでいただろう。
そして、離れて座る残りの二人も。
騒がしい店内で彼らの周りだけ重苦しい空気が流れているように感じられるのは決して勘違いではないだろう。
俺、こと、畝沢一平は大学時代に仲良かったグループの飲み会に参加している。
参加者は九名。本来であれば十一名、いや、こんなことがなければ俺は参加などしないだろうから十名か。
卒業後、この手の集まりに俺が参加したことはなかった。付き合いが悪いのは確かだし、別に話すこともないが、来てしまえば楽しく参加できる程度の社交性は身に付けていると自負していた。ただ、なんとなくめんどくさくて来てなかったというのが実情だ。
灰田の死、柿崎の逮捕から一か月後のこの時期に開かれた飲み会にのこのこと我々三人が現れてしまった理由はどう考えても、この話題について話したいからだ。特に俺はそうである。
ただ、集合した時から彼らに流れる負の空気に圧倒され、俺はつい、近くの席に着くことを躊躇ってしまった。
彼らは悼みを分かち合いたいと思っているのだろうと、そう判断したからだ。
残念ながら俺の興味はそんなところにはなかった。
警察から、それとなく聞いたところによると柿崎の動機というのは灰田に対する借金とそれに伴う灰田からの肉体関係の強要だったらしい。
そのへんの真相とより詳細な情報を知りたいという下世話な感情で俺はこの場にいる。
だから、後悔しているのだ。一緒に悼みを感じてあげられない悲しさと、どうせ、大して情報が得られないであろう虚無感と。
社交性があると言ったが、今日はそのせいで中々口を開けずにいる。
斜向かいの席では飲み会なんか意に介さず、スマホを延々といじっている奴、秋枝晃もいるが、それは参加した意味があるのか、と自分もポケットに伸ばしかけた手を妙なプライドで押しとどめ淡々とビールを口に運ぶことにした。
「久しぶりなのに誰ともしゃべってないじゃん」
そういって勝手に隣の席に座ってきたヤツがいる。佐渡計也だ。
「まぁな」
そっけなく返す。わざわざ話しかけてくれたというのに失礼な行為だと思う。
「あれだろ、そのあの件だろ、灰田」
そう言って、佐渡は会場を見渡す。恐らく浮田と小鹿を探したんだろう。
なるほど、佐渡は興味津々で話しかけるタイミングを計っていたが、面倒くさくなって俺に話しかけてきたわけか。確かに、このメンバーの中では一番俺が口が軽い。
俺も喋りたいんだがなぁ。
「お前だけ、やべー場違いーって顔してるぜ」
「そうなんだよ。浮田と小鹿が想像以上に陰鬱な顔してるからどうしたもんかって感じだ」
「なぁ喋った方が楽になるぜ」
そう唆されると困る。
本当は喋りたくてたまらない俺は、身体を潜め隠れるように小声でしゃべり始めた。事件の一部始終を。トリックを。被害者を。犯人を。
「ただ動機を知らないんだ」
そう最後に括った。
俺のストーリーの中には動機が出てこない。人の動きによる事実と妄想と、おまけで警察のお墨付き。
「噂だと借金だとか肉体関係だとか聞いたが」
「それで今日来たのか。珍しいもんな、お前が来るの」
他には聞かれてなかったかと見まわすと、気が付けば、浮田の周り、小鹿の周りでグループが出来上がっている。耳を澄ませば慰めやらなんやら、好奇心を抑えた上辺だけの言葉が聞こえてくる。
「動機は借金と、それを理由に強請られてたってのは正しいみたいだぜ」
次は俺の番だとばかりに佐渡が声を潜めて耳打ちする。
「なんか知ってるのか」
「借金してるのは柿崎だけじゃなかったんだよ」
そう言ってチラッと秋枝の方を見る。相変わらずスマホを弄ってばかりいるが、気が付けば一人ではなく一緒に触っている仲間がいる。
「十連回したろうかな」
「いや、俺は今はできないなぁ。十二時越えてから大勝負があんだよねぇ」
などとしゃべっている。
「畝平はアナログゲー専門だっけ?」
そう聞いてくる佐渡の眼がなぜかキツくなっている気がした。
「んで、灰田は柿崎に五百万程貸していたらしい。借用書もなく、利息も無くな。そして、当然ながら肉体関係があったのも確からしい。でも恋人同士という関係性ではなかった。その立場を利用して通常ではできないようなことも試していたそうだ」
俺は思わず鏡の間を思い出していた。しかし、
「詳しすぎないか?」
なぜそんなことまで知っている?お前はそれほどにまで灰田と親しかったのか。
「全部、秋枝から聞いたんだ」
そこまで言うと急に歯切れが悪くなり、そわそわしだした。
(何かある)
さすがに見え見えではあったが、追求すべきではないこともわかる。
「すまん、ちょっとトイレ行ってくるわ」
逃げるように席を立つ佐渡。
また一人取り残されて俺は思考する。
秋枝も灰田に借金をしていたというのなら、当然、秋枝も柿崎同様、灰田に見返りを求められていたはず。秋枝も灰田に肉体関係を強いられ……いや、それはさすがに短絡すぎだろう。灰田にそんな趣味があったと聞いたことはないし、秋枝が絶世の美少年というならまだしも容姿は平凡だ。何か魅力が、と秋枝をちらりとみやろうとすると彼は席にいなかった。
「おい、畝平」
突然、すり寄ってきたのは先ほどまで浮田と小鹿を囲んでいた松高千里と播磨浩二だった。
「今、佐渡と灰田のこと話してたんでしょ?」
「俺たちにも教えてくれよ」
「小鹿ってば全然、喋ってくれなくてさ」
宥めることも飽きてきたのだろう。それに世間は下世話なものだ。いいだろう、いくらでもしゃべってやろうと、また小声で一部始終を話し出す。ただ、さっき聞いた動機についてはどうしようかなぁと思いつつ、話していたがそこまでたどり着く前にトイレから怒号が聞こえた。
「てめぇふざけてるのか」
声の主は佐渡だった。
トイレから戻った彼は席に着かず財布から一万円札を取り出すと机に置いて、店を出て行ってしまった。
そのあと、おずおずとトイレから顔を出したのは秋枝だった。彼は店から出て行かず、席に戻る。
「おい、どうしたんだよ」
と思わず、俺が声をかけるが、何でもないというように首を振る。
なんだか場が白けてしまったのでここでお開きとなり、二次会の席へと移動する流れとなった。
すでに帰った佐渡と、怒鳴られた秋枝、そして、負のオーラを最後まで払拭できなかった浮田と小鹿はそこで帰った。
そうなれば、俺はこの場のヒーローに早変わりだ。
残された俺除く四人は二次会の店につくやいなや、口々に俺に発言を求める。
部外者であればあるほど、興味の程は計り知れない。
俺は本日三度目の話を始めるのであった。
終電で帰った俺を携帯電話の着信音が起こす。良く起きられたものだと自分に感心しながら寝惚けた声で応答する。
「はい、もしもし」
『やばいやばいやばい』
着信は佐渡からだった。画面は見ていなかった。
「どうした、朝っぱらから」
『秋枝が、秋枝が死んだ』
演技とは思えないその声に俺の目も否応なく覚める。
『俺のせいだ。俺があんなこと言ったから。あとちょっとだからって、あいつは言ったんだ。そういうことだったなんて』
「と、いうわけだ」
盤の向こう側の治は腕組みをしている。果たして聞いているのやらそれとも応手を考えているのやら。
「ふーん、でも、それは自殺だと警察は発表しているんだろう」
白石を置きながら彼は答える。
そう、秋枝は酒に混入した水銀系毒物による自殺で間違いないと見られている。
彼の両親は共にすでに他界しており、親がやっていた文房具店を継いでいた。
一階が店舗、二階が居住スペースとなっており、出入り口は完全に分離していて外から回って二階へと上がる構造になっている。
死体が発見されたのは午前九時半。独り身の自殺にしてみれば、発見が早い方だ。発見者は荷物の配達に来た男性で一階の店舗にいないから二階へ上がってみた。寝坊することは前にも何度かあったことらしい。インターホンを鳴らしたところ、返事がない。失礼ながらも荷物を置いていきたかった配達員はダメもとでドアノブに手をかけると鍵が開いていた。そして、中を覗くと玄関先に死体を発見したというわけだ。
その姿は何やら儀式めいていたらしい。
死体の下には不思議な文様の描かれた布が敷かれており、傍には飲み会中もずっと触っていたスマホ、電子マネーカードが数枚(額にして十万円分)、そして、毒とウィスキーの入っていたであろう赤いグラス。このグラスは五色一揃いのもので青、黄、白、黒のグラスは食器棚に収まっていた。
スマホのロックを解除して画面を見てみるとソーシャルゲームのガチャ結果画面が表示されていた。SRのマークがまぶしい最高レアリティのキャラクターが煌めいていたそうだ。
遺書は見つからなかったが、調査の結果、自殺に足る理由があると警察は判断した。
「で、その理由ってのが佐渡に繋がってくるんだけどさ」
そういって黒石を置こうとするがそこは置けないことに気付く。いくら必勝法があり、有利だといっても三三やら四四やら黒側にだけ課せられた制約が多く、やりにくい。
「秋枝は佐渡に借金をしていたんだ」
それはつい最近のことだ。より正確にいうと灰田が死んでからだ。
文房具店の経営はうまく行ってなかったようで、灰田に借金してそれを資金に充てていたそうだ。今どき、町の個人の文房具店など流行るわけもない。公立の学校への卸しがあるので、春だけは多少入りがあったようだが、そこで作った貯金を一年通じて食い潰す様な経営だった。
そして、灰田が死んだあとは佐渡に無心したというわけだ。
「でも、それだけで死ぬか?灰田くんが死んだ時点で死なないくらいなら今更、急に死ぬなんてことにはならないだろ」
やっとこさ石を置いた俺に対し、あっさり白石を置く治。
「それが、トイレの怒号だ。気付いているかもしれないが秋枝はソシャゲ中毒者で、当然、重課金者でついでにいうとそのゲームのトップランカーだった。なんと、佐渡が貸した金の半分以上は店の経営資金じゃなくそのゲームに課金されていたわけだ。これは佐渡が怒っても仕方ない」
「それはなんてゲームなんだ?」
治は素早くスマホを取り出す。
ゲームの名前は『二重戦記ツイン2nd』。
治は早速ダウンロードをしようとしたが、あることに気付く。
「このゲーム、サービス終了間近じゃないか」
二重戦記ツイン2ndは三年というソシャゲにしては長命だったもの二週間前にあと一ヵ月でのサービス終了が発表され、つまり今から二週間後にサービスが停止する。
トップランカーと言ったが、実はこのサービス終了間近のゲームはすでにアクティブユーザーが百人程度とされており、秋枝は『春夏冬』というユーザーネームでランキングトップを走っていた。
「そして、応援ありがとうガチャのこの『マークⅡ』ってピックアップキャラが秋枝が唯一持っていないキャラだったんだ」
マークⅡはこのゲームのサービス直後からたったの一週間しか排出期間のなかったキャラでなぜか他のキャラ達と違い、今まで復刻すらもなかった。秋枝は現在ランキング一位ながらもサービス開始一か月くらいに始めたせいでこのキャラに今まで出会うことが出来なかったのだ。
「それが本日〇時から復刻された。スマホ画面で煌めいていたのがこのキャラってわけさ。警察の見解によると借金苦で首が回らなくなったところにこのコレクションを達成し、思い残すことなく自殺したということだ」
確かに、これ以上良くなる兆候のない文房具店に加え、心の拠り所であるゲームが終わってしまうとなれば死を選んでもおかしくない。人の感情の洪水というのは一つではなく複数の要因が重なって決壊するものだ。
「これが『あとちょっと』発言とも繋がる。だから自殺ってのは間違いないと思うし、佐渡が最後の背中を押してしまったと後悔する意味もないと思うんだけど」
「いや、おかしい」
「そりゃそうだよ。だって、秋枝は元々毒を用意してたわけだから佐渡は全く関係ないんだ」
「そうじゃない。秋枝くんは自殺じゃないはずだ」
俺は治の顔を見る。
「だって、今じゃないだろう。あと二週間ランキング一位の座を守り抜けば彼は言ってしまえば歴史に残るというに、今死ぬわけないだろう」
秋枝の自殺に関しての情報のほとんどはLINEグループでのチャットから得ていた。先日の飲み会のものだ。
秋枝についての情報と最近の動向についてもっと知ることはできないか?と治に聞かれ、俺は探りを入れてみることにした。ついでに他に借金をせがまれていた者がいないかも。
その結果、秋枝のTwitterアカウントを知ることができた。知っていたのは飲み会のとき、秋枝の隣でスマホを触っていた、名前は八寺 岳という。
Twitterなんてチラシの裏のような情報かもしれないが最近の動向を探るという意味では日記以上に効力がある。
ちなみに、借金に関してはせがまれた者は数人いたものの佐渡以外からは借りていないらしい。そして、佐渡からの借金も五十万程度だということでそう高額ではないようだ。
自殺でなければ何か盗まれた物があると思ったが、そこまでの情報は得られなかった。これは保留だ。
とりあえず、俺と治は秋枝のTwitterを確認することにした。
HNは「まりお(marine_Autumn)」。Autumnは明らかに秋枝の秋から来ているのだろうがmarineはいったいどこから出てきたのだろうか。しかしHNなんてものは総じてそんなものだろう。
Twitter上の書き込みはほとんどが二重戦記ツイン2ndについてのものだった。
『あと一か月でツイ2が終わるとかオレの人生の終わりだ』
『ツイ2ランカーとオフ会してきた。最後になるかもしれない』
『マークⅡ復刻!?これは全力投資』
『オレの人生も終わりが近い』
etc……。
最初から最後までこの手の書き込みで埋められていることからも、彼がどれほどツイ2にのめり込んでいたことが窺える。そして、絶望と自殺をほのめかす書き込みもあり、自殺だと判断してもおかしくない。
「おい、これ見てみろよ」
治がある書き込みを指さす。
『やべぇ、財布落とした』
である。しかし、その翌日にはもう
『近所のコンビニで財布見つかった。中身も無事だった』
『危なかったけど、めんどくさくなったなぁ』
と続いている。
「財布はすぐ見つかってるぜ。関係ないんじゃないか」
しかし、治はどうやらそう思っているわけではなさそうだ。
俺にはどうにも収穫があったとは思えないTwitter漁りを終える。
「もしもし佐渡か?ちょっと話してもいいか」
俺は手詰まりを感じて佐渡と連絡を取ることにした。
『ああ、畝平か』
佐渡の声は沈んでいる。直接ではなくとも自殺の背中を押したという後ろめたさはやはりぬぐえないのだろう。
「お前、秋枝が灰田に何やらされてたか知ってるんだろ?教えてほしい」
『いや、それは……』
佐渡は急にしどろもどろになる。
昨日の時点では言うことにそれほど抵抗がなさそうだったのにも関わらず、今日になって言えないということは死者の尊厳を傷つける行為だからだ。
「俺は秋枝は自殺じゃないと思っている」
正確には治が思っているのだが、治の意見はすべて俺の物だ。
「だから教えてほしい」
その後も説得を続けると観念したのか喋り出した。
『あいつは動画の編集をしてたんだ』
「動画?」
『わかるだろ?灰田と柿崎との動画だ』
ああ、と俺は察した。つまりは灰田と柿崎との性行為を収めた動画を編集する役割を秋枝は担っていたらしい。断ることはできなかっただろうが役得でもあっただろう。
「それは柿崎だけか?」
『いや、俺は柿崎の名前しか知らないが他にも数人いたはずだ』
途端に今まで見えてこなかった動機が出てくる。どの動画データの抹殺は十分動機になりうる。
逮捕さえされていなければ柿崎も筆頭容疑者になっただろう。
他に動画を撮られた人間の名前を知ることが出来ないのは辛いが、知らないということは我々共通の友人ではないということでもある。
ふと、俺は思いつきを口にした。
「もしかしてお前、その動画持ってるのか」
『いやいや、そんなわけねえだろ』
彼の慌てぶりを聞くに持っているのだろう。
「借金の交換条件だったのか?」
五十万は高くはない。佐渡の給与がどの程度かは知らないがそういうサービス付なら友人を助けると思って貸したのも頷ける。
『いやまぁ、その、俺がもらったのは柿崎のやつだけだ。他はもらってない』
佐渡に対して多少の幻滅を覚える。しかし、そうも言ってられない。
「言わしておいてなんだが、お前、それ、絶対、他で口に出すなよ」
そう、動機が動画の抹殺だとしたら
「お前、殺されるぞ」
電話を終え、治の方を振り返る。
「とまぁ、こんな感じだ」
「嫌な話だ。それとお前の番だ」
治が十九路盤を指さす。
「なるほど、嫌な話だ」
閑散とした端二列が寂しい。
「とりあえず、現場が見れないのが辛いな。動画が消されているのかどうかだけでも知りたいんだけど」
自殺だとしたらそんなところまで警察は確認しないだろう。
「動画の消去問題は難しいだろうな。灰田本人のパソコンからまず消去できているのかわからないし、現にこうして佐渡に流出している。もし、ネットに流されていたら一生消すことは不可能だ」
セカンドレイプの亜種だ。そうはならないにしても金目当てで秋枝が動画を売ったということもあり得る。これ以上、友人に失望したくはないが。
「でも現場は見られないにしても家まで行きたい」
治はそう呟く。
「じゃあ、善は急げだ」
俺は立ち上がり部屋のドアへと向かおうとする。
「おい、まだ、」
俺の背中に声がかけられるが負け線濃厚なこの局は逃げるに限る。
悪いな。十五路盤を買ってやれるほど、俺は熱中できなさそうだ。
そこは如何にも旧時代然とした店舗だった。看板には『文具 秋』とでかでかと書かれている。
もちろんシャッターは下がり、テープで侵入は禁止になっているものの、警察ももうおらず、閑散としている。
人一人が死ぬというのは大したことではないのだろう。
住居部分は二階の為、覗き見ることは不可能だ。
現場には早々に見切りをつけて俺達は周りを見て回ることにする。
店のある通りは一本脇に逸れれば直線上に中学校が見える。なるほど、文房具店であることを考えれば中々の好立地と言える。ただ、今ならみんな量販店で済ませてしまうのであろうし、何の営業努力もなしには時代の流れには取り残されざるを得ないであろう。
その中学校へ向かう通りに秋枝が財布を落としたであろうコンビニがあった。
休憩しがてら、中に入ることにする。
店内の客は俺達を覗いて二名、レジは若いバイトと思しき男性一人体制だった。
「すいません」
暇であることを確認した上で二人分の缶コーヒーをレジに出し、店員に話しかける。
「はい、二四○円になります」
「あの、向かいの通りにある文房 秋って知ってますか」
「はい、よく来られるので知ってますが」
急な質問に疑問を感じながらも丁寧返事を返してくれた。一応、名札を確認すると『海藤』と書かれている。
「そこの人がちょっと前に財布をここで落としたことがありませんでした?」
「ありました、ありました。覚えてます。ボクが渡しました。あのとき、グーグルプレイカードの限度額いっぱいの奴を何枚を抱えてきて、この人は大富豪なのか?と思ったんでよく覚えてます。ついでのように財布はないかって聞いてきて」
聞いてもないのによくしゃべる。ありがたいのだけど。
「というと、財布を拾ったのもあなたですか?」
「いや、今、夜シフトの尾道ってヤツが拾ったんですよ」
ここで俺は文房具屋の店主、秋枝が死亡したことを伝える。
尾道氏に連絡を取ってもらえないか頼んでみる。
「お兄さんたち警察かなんかですか?え、ちがう?まぁ電話するだけしてみますよ。あいつとは仲がいいんで。ただ、昨日の、今日っていうんですかね、深夜シフトだったんで起きてるかなぁ」
そういって、割とすんなりと電話を掛けてくれた。本当にそんなにすんなりと掛けてくれていいんだろうか。
「もしもし?いや、なんか文具 秋の財布拾ったじゃん?その時の話を知りたいって、え?なんでって?あそこの人が死んだらしいよ、んじゃ代わるよ」
そういって、自分のスマホを俺に差し出す。
「もしもし、私、文具 秋の店長、秋枝の友人の畝久と申します。秋枝の財布を拾ったって本当ですか」
『はぁ、拾いましたけど、それが何か』
俺は別にこれ以上、聞くこともないので返答に詰まってしまった。その隙に治が俺の手から奪い取った。
「失礼、あなたはコンビニ内で財布を拾ったんですか」
『ん?ああ、そうだったと思います』
急に声が変わったことに戸惑った声が漏れ聞こえる。
「それはコンビニのどこですか」
『え、うーんとどこだったかなぁ』
治は落ちていた位置を探るようにコンビニを歩き出す。俺は慌てて追う。
「飲料水の前ですか?雑誌の前ですか?」
『いや、わかんないっす。覚えてないです』
「そうですか、では、文具 秋の店主が亡くなったことをご存知でしたか?」
『今日、初めて聞きました』
「死んだのは今日なんで当たり前なんですけどね。昨日も彼は店に来ましたか?」
『来てました。もういいっすか?』
治の不躾で途切れのない質問に若干のイラつきを出し始めたようだ。
「はい、ありがとうございました」
そういって、勝手に電話を切ると海藤にスマホを返却する。
「電話した時、思いっきり、舌打ちされちまいましたよ」
「失礼、その理由ってのはこれですか?」
治は自分のスマホ画面を見せる。
「そう、それそれ」
コンビニを後にし、俺達はチェーンの喫茶店へ逃げ込んだ。せっかく買った缶コーヒーはカバンの中だ。
「あんなに質問してたけど、財布ってそんなに重要なのか」
俺は尋ねる。まるで探偵にお供する無能な助手の様に。
治はゲームのチュートリアルをやりながら返事する。
「中身の変わってない財布でも盗られると変化するものがあるんだが、何だと思う?」
わからない。俺は財布を落としたことがない。
「そうか、答えはクレジットカードだ。他にも諸々あるが、こと、スマホの重課金者において、迅速に課金が可能なクレジットカードは重要だと言える」
チュートリアルでは火属性のカードたちを駆使し、戦うようだ。よくあるゲームに漏れず、火、水、電、光、闇という属性があり、相性がいいパーティをぶつけて敵を倒すだけの簡単ゲーム。このゲームでランキングをあげようとすれば、“強いパーティを課金して作り”“課金石でスタミナを回復し”“時間の許す限り周回する”ことが重要となる。
「財布を落としたことでクレカでの課金ができなくなった秋枝くんはグーグルのカードを買って課金するようになる」
治はお客様アンケート用紙を千切ってひっくり返すと持参のボールペンで事件を時系列に沿って書いた。
(一か月前)灰田死亡、柿崎逮捕。
→灰田から金を借りられなくなった為、佐渡から借金をする。
(二週間前)ツイ2サービス終了を宣言。
(一週間前)秋枝、財布を落とす。
→(翌日)コンビニで財布を回収。
(今朝?)秋枝死亡。
(二週間後)ツイ2サービス終了。
「ただ、クレカが使えなくても課金し続ける彼には効果が薄かったようだね」
「つまり、犯人は秋枝にツイ2をやめさせたかった人間」
「そういうことだね」
治はスマホから目を離さない。
「しかし、だからと言ってわざわざ殺してまでやめさせるか?」
「そこまでしてやめさせる動機があるヤツが犯人ということさ。それにね、殺害方法は毒殺なわけだから、事前に毒を仕込んでおきさえすればいいんだ。だから犯行自体は誰にでも可能だって言っても過言じゃない、よし」
そういってやっとスマホを放り出すと、温くなったコーヒーを啜った。
以上で推理に必要な情報は提示してあります。
『犯人』『動機』に加え、『如何にして今日という日に殺したのか?』の3点をお当てください。
解答篇は8/15に公開を予定しております。
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