C105 なびるなのアレコレ趣味本に収録される書き下ろし短編です。
収録される短編はこの1本のみです。
これは以後の小説で、再録されます。 

理想の家

 ある日、帰路を歩いていたら、道端でよく見知った顔と出くわした。
「何してるんだ?」
「見りゃわかるだろう、密室殺人の実況見分だ」
 彼が見ているのはテナントのショーケースだった。
「いや、見てもさっぱりわからん」
「やれやれ、もう少しくらい、俺の話を真面目に聞こうという気概がないのかい?まったく俺と君との友情がこの程度のものだったのかと思うと涙が出てくるよ」
 なにを大袈裟なことを。
 そう思いながらも、渋々、彼の視線の先を覗いて見ることした。
 それは古ぼけたおもちゃ屋のショーケースで少々時代がかったおもちゃ達が飾られている。日焼けし放題で色落ちや黄ばみが哀愁を感じさせる。
 中には自分が少年時代に遊んでいたようなものもそのまま残されており、明らかに長いこと放置されているのがわかる。
 彼の方を見ると笑みを浮かべながら、ショーケース内の一画を指差した。
 そこには女子向けのおもちゃ、ドールハウスというのだろうか半分に割られ輪切り上に中が丸見えになった家屋、そして、デフォルメされた動物のミニチュア人形が仲睦まじく生活している。
 いや、一匹の人形、うさぎだけ、足を横に投げ出して、仰向けに倒れている。顔を近付けてみると足の裏にはひらがなで「かなこ」と書かれていた。
「これが密室殺人なのか?」
「その通りだ。凶悪犯罪の匂いがするだろう?」
「なにを大袈裟なことを」
 先程堪えた言葉を今回は口に出してしまった。
「ショーケースの中で、人形が倒れたってだけだろう?それで密室殺人は安易すぎやしないか?」
 チッチ、と口を鳴らしながら、人差し指を交互に振る。なかなか腹立たしい仕草だ。
「君はどうやら大きな勘違いをしているようだ。こういうドールハウスにはお約束というものがあるだろう。
 この光景はすべて室内のものなのだよ、ドールハウスにおいて、半分に割られているのは室内における描写だ。
 それを念頭に置いて、そのぴょんこを見ると様々なことがわかる」
 そう言われて、俺も改めて倒れているうさぎを見る。
 ドールハウスの二階の一室、子ども部屋だろうか、にいるのはそのうさぎ一匹のみ。他には誰もいない。
「このドールハウスの部屋の窓を見てみると十字になった格子には鍵が備え付けられていない嵌め殺しだ。そして、なんとドアは存在していない」
「それは、ただのメーカーの手抜きなんじゃ……」
「そう、これはドールハウス内での密室でありながら、ショーケース内での密室という二重密室殺人だということになるわけだ」
「なるほど、百歩譲ってドールハウスが密室なのは理解したが、ショーケースはどうなんだ。簡単に開け閉めされてるかもしれないだろう?」
 彼はまた愉悦を帯びた表情をする。興味のない話題を振られて挙句、煽られる俺の身にもなってほしい。
「奥側の(さん)を見てみろ」
 ショーケースの奥は引き戸になっている。その下部の桟には、大量の埃が積もっていた。
「あの埃の溜まり方からして、数年はあの戸が開けられていないと思われる。
 それに対して被害者はどうだ」
 どうだと言われ、つい反射的にドールハウスの二階の方を向いていた。乗せられてしまっているようで悔しい。
「このドールハウスにも同様、いやそれ以上にかなりの埃が積もっている。
 だが、被害者の足跡、そこには埃が積もっていない」
 仰向けになったうさぎの手前に小さな楕円上の跡が二つ残されており、ボンドの汚れがあるが、たしかに埃は積もっていない。
「これは最後にショーケースが開けられた後に被害者が殺害された動かぬ証拠だ。
 おそらくここ最近の衝撃、そうだな、先週起こった地震あたりで被害者は倒れたんだろう」
 先週、南頃崎市では震度四を観測する地震があった。このような人形が倒れるには十分な揺れだっただろう。
「じゃあ、そうなんじゃないのか?
 よかったな、事件解決だ」
「……」
 彼は言葉を止めた。
 あくまでこれを密室殺人事件と見立てていたのに、突然、現実の話を持ち込んでしまったから、あまりにも呆気なく事件が解決しまった事実を受け入れられないのだろう。
 なにより、この推理はおもしろみがない。
 実際、現実の事件もほとんどは推理小説のような理路整然とした解が存在するわけではなく、探偵の仕事というのは泥臭いものが大半なのだが。
「お前も、いつまでもふらふらしてないで一緒に事務所戻るぞ」
 皆切はポケットからスマホを取り出すと、ショーケースの写真を撮り始めた。
 何か未練がましくも、納得したのか頷く。
「待たせたな、万田くん。俺もそろそろ寒いし、帰ろうと思っていたんだ。
 一人で事務所にいるのは退屈だが、万田くんが帰ってくるというのなら話は別だ。帰ったら温かいコーヒーを淹れてくれ」
「暇だったのか?」
「そうともいう」
「出かける前に頼んだ書類は?」
「……」
 皆切は事務所の方へと早足で歩きだした。
 俺は溜息を吐きながら後姿を追った。

「しかし、腑に落ちないことがある」
 皆切は事務所のソファにふんぞり返り、バタークッキーをくわえながら喋りかけてきた。
「あんまりソファを汚すなよ、掃除するのは俺なんだから」
「万田くんが掃除するならいいじゃないか」
「あ?」
 俺の懸命の威嚇も虚しく、ソファは粉に塗れていく。
「なぜ、かなこだけが殺されたのだろうか」
「かなこって誰だ?」
「被害者だよ、二階にいたぴょんこだ。足の裏に書いてあっただろ?」
 足の裏には油性ペンで「かなこ」と書かれていた。しかし、
「ああいうのは持ち主の名前だろう?
 かなこちゃんが自分の人形に名前を書いたんだから」
「わかってるさ。だけど、被害者だの呼び続けるのはややこしいだろう?」
「呼び続ける?まだ続ける気なのか?地震で人形が倒れただけだと決着がついたんじゃなかったのか?」
「ああ、まぁそうだ。かなこは地震で倒れた。その可能性は大いにある。
 じゃあ、それは確定していると仮定して、なぜかなこだけが死んでしまったのだろうか」
 なるほど、そういう前提の推理遊びか。こういうときは好きに喋らせておくに限る。
「そこだけボンドが薄かったとか劣化したとかそれだけの話だろ」
「それなら、他の人形だって倒れてもおかしくないじゃないか」
「偶然だ」
「偶然だろう、その通りだ。間違いなく偶然、でも」
 でも?
「偶然じゃなかったとしたら、どう考えられるのだろうか?」
「偶然じゃなかったらって」
「これも仮定の話だ。地震で倒れた、それはいい。
 だけどそのままでは無差別殺人だ。犯人はどうやってかなこだけを殺しえたのか」
 俺は黙り込む。地震でものが一つだけ倒れることなんていくらでもあるだろう。
 それが一つであることの必然性など今まで考えてみたこともなかった。
 食器棚のコップが一個だけ落ちて割れる時、それは理由などないわけではなく、恐らくそのコップが棚の一番端に置かれているのが原因だろう。
「まずは他に殺される可能性のあった人物を確認していこう。この写真をみてくれ」
 皆切は自分のスマホ画面をこっちに向ける。
 俺は気が付くと立ち上がってそれを見に行っていた。
「この家にいたのは、リス、くま、パンダ、もうひとりのうさぎ、そしてかなこの五人。
 鳴き声がわからない動物ばかりで呼び方を諦めたのだろう。もっともうさぎもぴょんとは鳴かないが。
「だが、かなこと他四匹には決定的な違いがある」
 俺は写真を見て答える。
「他の全員は一階にいる」
「その通り、かなこ以外は一階に存在している」
 下の階は一面、台所のようになっており、左奥、コンロの前で料理をしているのは一番大きなくま、右半分に置かれた丸テーブルを囲んだ椅子に座るのがリスとパンダ、その前の輪切りになったドールハウスの中間に立ってこちらに手を振るのがもうひとりのうさぎ。
 そして、二階には被害者、かなこが左半分の家、足跡から割れ目ぎりぎりに仰向けで倒れ込んでいる。
「じゃあ、二階というところに要因があるのではないだろうか、と、まず思った」
 二階。
 俺は頭に閃くものがあった。
「日当たりじゃないか?紫外線でボンドが劣化したとか」
「ボンドの劣化の原因が紫外線、それはあるだろう。だが」
 皆切はスマホ画面を引きの写真にする。
 ドールハウスは全開かつ、二階の上にも屋根があり、上でも下でも同じように光は当たりそうだった。
「劇的なちがいはなさそうか」
「そうだな、だが着眼点は悪くなかった。所詮は推理ごっこなんだから、うまい言い負かせば、それでも通ったかもしれない」
 人形ごっこは虚しく回る。
「俺が考えたのは、こうだ。なぜ二階で殺されたのか、ではなくなぜ被害者は二階にいたのか」
「そんなの偶々だとしか」
「いや、改めてこの家をみると不自然な点がある。それは一階と二階の人形の分布だ。
 一階には四人いるにもかかわらず、二階にはかなこしかいない。それはなぜだろうか」
 たしかに、偏っている。
 ドールハウスの特性上、一階と二階の面積はそう大きく変わらないのに、二階には一匹だけぽつねんと置かれている状況はさみしげかもしれない。
「そして、もう一つ。なぜ、かなこはかなこなのか」
 なぜ、かなこがかなこなのか?
「それは哲学か何かか?」
「万田くんが万田くんであるのは、俺が君を万田くんだと認識しているからだってか。
 冗談さ。そんな複雑で結論のでない話じゃない。
 俺達はなんでかなこをかなこと呼んでいる?」
「足の裏にかなこと書かれていたからだろ?」
「なぜ、足の裏にかなこと書かれている?」
「持ち主のかなこちゃんが名前を書いたから、」
「なぜ、かなこの人形がここに置かれている?」
「なぜってそれは、」
 言葉に詰まる。
 かなこと書かれた人形、それはこの人形が個人の所有物であったことを意味する。
 じゃあ、これはお店のものではなく、展示用に元々用意されたものではない。
「かなこはお人形遊びから卒業した子どものものなんじゃないだろうか。
 そう考えると推測できることがある。
 かなこが飾られるようになったタイミングは他の人形とは違う、もっと後なのではないだろうか?」
 俺はふと疑問が湧いた。
「かなこ、いや、持ち主のかなこちゃんは店主の身内なのだろうか」
 昔の話であるから、今、かなこ「ちゃん」と称するのはてきせつではないかもしれない。
「多分、そうだろう。娘か孫かまでは分からないが、その子が遊ばなくなった人形をおもちゃ屋の店主がさみしく思い、ショーケースの中に飾った、といったところだろう。
 あとから追加されたものだから、他の人形とは接着の仕方が違い、早く剥がれてしまった」
「そういうことか」
「多分、もともとあのドールハウスは一階にしか人形を飾っていなかったんだ。それに人形を追加しようとしてあとから空いていた二階に置いたのだろう。
 だから、人形の分布に偏りがある」
 一定の納得感はある。ただ、
「ただ、遊ばなくなった人形を飾るとはいえ、ぽつんと一匹で飾るだろうか?」
 俺と同じ疑問に皆切も辿り着いていたようだった。
「写真をもう一度見せてくれ」
 皆切のスマホを覗き込むと、二階の床をズームする。
 こう思ったのなら他にもあるはずだ。
 しかし、よく見ても埃塗れの床の上には一匹分の足跡しか……。いや、そうか。
「かなこの身体の下」
「気付いたか。ここからじゃ見えないがきっとあると思う。もう一匹分の足跡が。
 不思議だったんだ。なぜ一匹だけドールハウスの内部からはみ出したところにいるのかが」
「もう一匹のうさぎのことか」
「ああ。きっとそいつは二階から落ちたんだ。立っているのは偶然。二階から落ちたって可能性はゼロじゃない。
 この二匹のうさぎは一緒に仲良く飾られていた。
 つまり、殺害時、かなこは一人じゃなかった。これで密室破りも完成だ。
 どうだ、悪くないだろう」
 自慢気な顔でこっちを向く。
 前提から偶然を排した上で結局偶然で結論付けるところが気になるが、この解答は現実味が十分にあり、ちゃんと密室が破られており、かつ、おもしろみがあった。
 しばらく感心していたが、いつの間にか話に夢中になって自分が何もしていないことに気付いたので、そそくさと椅子に戻り事務仕事を再開した。

 ある日、帰路を歩いていたら、道端で扉の鍵を開けようとしている若い女性に出会った。
 あのおもちゃ屋の前だ。
「すいません、ちょっといいですか」
 俺は思わず、声を掛けていた。
「なんでしょう?」
 そこまで声を掛けてから、不審に思われない為にはなんと言い出せばいいか逡巡した挙句、凡庸な言葉が口からついて出た。
「ここのお店の方ですか?」
「ええ、ここは祖父の店。とはいってももう数年前に閉まっているんだけど」
「あそこのショーケースのうさぎが倒れていますよね。あれがずっと気になっていたんです」
 かくがくしかじかと皆切の推理を喋る。
「あはは、おもしろいことをおっしゃいますね。よかったら、直接確認してみますか?」
「よろしいんですか?」
「構いませんよ。ただ、ずっと使ってないんで、店の中は汚いんですけど、それでもよければ」
 俺は招かれるようにして、店の中に入った。埃っぽい店内に古い蛍光灯が灯る。
「もしかして、貴方がかなこさんですか?」
「さぁ、どうでしょう」
 くすくす笑いながら答えるその仕草は、答えを言っているも同然だった。
「ショーケースはこちらです」
 壁際の引き戸をひく。一つ目の密室が解き放たれた。
 俺は右手を突っ込みおそるおそるうさぎのかなこを摘まみ上げた。身体の下からは足の裏の形をしたボンドの跡が一匹分。
「祖父の体調がここのところ優れなくて。
 もう一度店を開けたいというのでそのままにしてあったんですが、もうそれも難しそうで……今日は片付けに来たんです」
 次に一階に左手を突っ込むと地面のうさぎに触れてみる。足は固定されておらず、ひょいと持ち上がった。
「そうだったんですか、よかったら手伝いますよ」
 俺は両手に持ったうさぎの人形を二階の部屋に並べて置いた。

                                     Show case

タイトルとURLをコピーしました