「ふう……」
ボクは1人で座席に深く座り大きく深呼吸をした。
ここは羽田行のフライトの中だ。
周りから零れ聞こえてくる会話の多くが日本語であることに安心する。
(長い旅だった)
たしかに世界一周という括りでは短い旅かもしれないが、一ヶ月半かけて異郷の地を巡るのはボクにとっては大変過酷な経験であり、このフライトが無事出発した瞬間に安堵で頬が緩むのも致し方ないことだろう。
空席を挟んで隣に座る男性はアメリカ人だが、それでもこの飛行機は日本へ向かうのだ。
ボクはこうして最後の最後まで文章を書いているのだが、思い返してみれば結構な量の文字を書いたものだ。
およそ1つのフライトにつき1つの記事を書いている。
その文章達は、時間の合間を縫って走り書きされたものであり、推敲もしていなければ誤字確認さえしていない。いや、一度たりとも読み返しすらしていないのである。
ただ、迸る熱量と経験に裏付けられた指のテンポのみを頼りに書き綴られた文字達は決してうまい文章ではなかっただろう。
稚拙な文章に自らが耐えられなくなるので読み返したくもない。
しかし、こうやって旅の思い出を記事にしておくというのは悪くない試みだ。人は忘れる生き物だ。
窓の外を見ると太平洋が広がる。
(海か)
様々な季節がないまぜになっていたせいで忘れていたが、日本はもう夏だ。
海にももう入れるのかもしれない。
こりゃとんだ浦島太郎になってしまったものだ。
さて、この羽田行の太平洋を横断する12時間という最後にして最長のフライトだ。こんな記事を書くくらいでは到底時間を潰すこともできず、1人で時間を持て余してしまうことだろう。
実は昨日、突然、シナリオのアイデアが降って湧いたので今から書いてみようと思うが流石に今からはじめて夏コミに間に合わせるのは無謀だろうか。
また、こっそりとだがフライトの度にティアキンをやっていて今3つ目の神殿くらいなのでこれもじっくり進めてしまおうか。
どうやったらこの12時間という時間を有効に使えるのか、これがじゅうy
……待て。
……何か忘れているような気がする。
……何か大切なことを。
脳裏を一枚の写真がフラッシュバックする。
イギリスでWBに行ったとき、撮ったハリーポッターの車で撮った写真だ。
ボクにしては珍しく、他の観光客に頼んで乗っているところを撮ってもらったっけか。
……隣にかかっている黒い霧のようなものはなんだ?
……思い出せない。……頭が。
そういえば、さっきこのフライトをゲートで待っていたとき、チケットの変更のアナウンスが流れた。
JALなので空港内に流れるアナウンスも日本語で「ん?なんか言ってるな、聞こえる……聞こえるぞ……なびるなって言った?」と気のせいかと思いながらもカウンターに向かったら席が窓側になった。
ーーー空席を挟んで隣に座る男性はアメリカ人だが、それでもこの飛行機は日本へ向かうのだ。
空席?
空席ができたから窓側に移動したのか?
何故。
もっと前、ラスベガスから思い出してみよう。
ラスベガスからロサンゼルスに移動する際……ボクは1人じゃなかった。
そうだ、ボクにはこの一ヶ月半一緒に旅をした仲間がいたはずだ。
そうじゃなければ英語も喋れないボクが世界一周旅行なんてできるわけがない。
そういえば、なんどもなんども名前を確認され……。
ニコライ・ボルコフ。
そうだ、ボクはニコライ・ボルコフとずっと一緒に世界旅行をしていたはずだ。
それが何故、隣にいないのだ?
この謎の鍵はきっとラスベガスとロサンゼルスにあるに違いない。
きっとこのアメリカの大都市2つに何か、鍵が。
ボクは矮小な頭を捻りながらわずかな知識を絞り出す。
ラスベガスとロサンゼルス一体何があるんだ。
砂漠と海。
カジノとディズニーランド。
新興と歴史。
……日本大使館?
そうか!ロサンゼルスには大使館がある!
つまり、ここから導き出される答えは。
はい、そういうことですねぇ、ニコライさんはパスポートをなくしたんですねぇ。
もしかしたら勘の良い読者の皆さんは不思議に思っていたかもしれない。
何故、グランドキャニオンでバス逃してもいいとか言い出したのか?
答えはこれだったんですねぇ。
まぁなくしたのが最後の最後だったのは運が良かったというか、不幸中の幸いというか、旅行が途中でぶち切られることはなかったんだけど。
っつーことで、ボクはロスから羽田に向かうフライトに1人で乗る羽目になった訳ですよ。
ニコライさんは延長戦、がんばれ。
最後になりましたがここで一言。
おい!!!宮古○ーゴ聞いてるか!!!???ニコライさんもパスポート落としたぞおおおお!!!ニコライ・ボルコフもパスポート落としましたあああああああ!!!これで一生バカにされなくなったね!!!!!いえーーーーーい!!!
以上!おわり!
コメント